| 2008.7.7 ヨハネの手紙Ⅰ 4:10 |
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2008.7.7 ヨハネの手紙第一 4:10 わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたし たちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛が あります。 *** 「罪を償ういけにえ」という言葉がありますが、新改訳聖書では「なだめの 供え物」となっています。本来は当事者である私が果たすべきものなのです が、無力な私には何もできないので、神ご自身が御子イエスキリストにその 「いけにえ」としての犠牲を乗せたのです。そういう積極的な、先手を取る 愛を神は私たちに示されたのです。 ちなみに「罪」という言葉は「的外れ」という意味があります。聖書が問題 にしている罪というのは、一般に言われる犯罪とか、悪とかのことよりもむ しろ、神との関係が的外れになっているという「関係のズレ」のことです。 キリストは徹底的に「私と神との関係のズレ」を修復するためにこそ、打た れ、傷つけられてくださいました。そのお陰で神との関係が「向き合える関 係」「寄り添える関係」になって、神の愛がわかるようになるのです。その 関係がズレたままですと、なかなか神の愛はわからないようです。 神に愛されていることがよくわかるためには、関係が修復される必要があり ます。自分の心に悪があり、自分が悪いことばかりするから神の愛がわから ないのではなく、神との関係にズレがあるので神の愛がわからないのです。 それを罪ある状態と呼ぶのです。 キリストは、そういう私たちの状況を修復するためにこそ、来てくださいま した。それを御言葉により聖霊によって教えられるのです。 祝福がありますように。 関根一夫
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