| 2008.6.29 ヨハネの手紙Ⅰ 3:17~18 |
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2008.6.29 ヨハネの手紙第一 3:17 世の富を持ちながら、兄弟が必要な物に事欠くのを見て同情しない者が あれば、どうして神の愛がそのような者の内にとどまるでしょう。 3:18 子たちよ、言葉や口先だけではなく、行いをもって誠実に愛し合おう。 *** 愛があると言いながら、しかも、人に分かち合えるものを持っていながら、 何も行動しない、同情の心も表明できないとすれば、そこに神の愛はないと ヨハネは言います。人間的な欲望も、動物的な本能も愛と呼べるものがあり ます。恋愛などは、そういう類いのものかもしれません。しかし、ヨハネが この箇所で問題にしているのは、「神の愛」と呼ばれるものです。「神の愛」 は自分の頑張りで作り出せるものではありません。キリストを通して神と向 き合い、聖書を通して神が私たちに寄り添ってくださっていることがわかる と、はっと我に変えるような気持ちの中で、神の愛に気づくのです。その愛 は、私たちを内側から突き動かし、言葉や口先だけでない行動にまで導いて くれるのです。 愛は動詞だと言われます。誠実な行動でそれが伝わってきます。 言葉だけ では、証拠にはなりません。神の愛で生きるという生き方は、一見、損をし ているような生き方であり、自分の利益や見返りをがむしゃらに求めたり、 自分の行為を吹聴したりせず、圧倒的に他者への善意に満ちています。そし て感謝や喜びが、犠牲を払っているのにそこにあるのです。 きっと、あなたの中にもそういう出来事が起こっているのだと思います。 祝福がありますように。 関根一夫 |
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