logo

1月22日 №355 プリント メール
1月22日 №355

私の栄光が通り過ぎるときには、私はあなたを岩の裂け目に入れ、私が通り過ぎるまで、この手であなたをおおっておこう。

出エジプト記33章22節

 神は、私の顔を見ることはできない(20節)と言いますが、顔と顔とを合わせて(11節)と先に言いました。これを解くカギは、「いまだかつて神(父)を見た者はいない。父の…ひとり子の神(イエス)だけが神を示した」(ヨハ1章18節・6章46節)にあります。

 旧約の時代は、御子イエスをも直接見ることはできず、神殿の中の諸々の器や、動物犠牲の中に見ていました。神の御子が人性をとられた時から、子なる神・イエスを見ました。その主イエスは、「私を見た者は、父を見たのです」(同14章9節)と言いましたが、父なる神を人々が見ることができるのはただ一か所です。それは、「岩の裂け目」です。岩は主イエスを表し、裂け目は十字架上の釘の刺さった手と足の裂け目、槍が刺さった脇腹の裂け目、罪の赦しと言えます。

 裂け目に入れられた友よ。罪人が神を見るならば、神の義と聖に打たれますが、罪を赦された者には父なる神が御子によって御自分を現してくださいます。そうです、御子イエスの十字架によって、父なる神にお会いできるのです。ハレルヤ

=== サレプタ・ミニストリー =====
清野 隆二 Ryuji Seino
 
< 前へ   次へ >