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1月19日 №353 プリント メール
1月19日 №353

モーセが幕屋に入ると、雲の柱が降りて来て幕屋の入り口に立ち、主はモーセと語られた。

出エジプト記33章9節

 「主はモーセと語られた」に、聖書の神、ヤーヴェ・エロヒームの本質を見ます。

 ある在家仏教をネット検索すると、限りない情報が出てきますが、その神仏の人格はわかりません。信じる対象に人格がないので、その教えを自分で理解し、守り、行わねばなりません。しかし、聖書の神は、モーセと語り合うお方です。教えが理解できず、実行力がないとき、「主よ、なにを、どうすれば…」と問えます。すると神は、「助け主…私の名によってお遣わしになる聖霊は、…あなた方に全てのことを教え、…思い起こさせてくださいます」(ヨハ14章26節)。エリヤは、「私の仕えているイスラエルの神、主は生きておられる」(Ⅰ列17章1節)と言い、パウロも、「あなたがたも…キリスト・イエスにあって神に生きている者である」と言います。

 「モーセが幕屋に入ると、雲の柱が降りて来て」とは、まさに聖霊が神から遣わされて、あなたの中に内住されることです。さあ、友よ。聖霊によって、「顔と顔を合わせて」(11節)、神の御声を聖書によって聴いてください。そして、祈りによってあなたも神に話しかけてください。

==== サレプタ・ミニストリー =====
清野 隆二 Ryuji Seino
 
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