| 2月4日 創世記 33:1 |
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2月4日 №341 ヤコブが目を上げて見ると、見よ、エサウが四百人の者を引き連れてやって来ていた。 創世記33章1節 礼拝や集会の場では、「信仰の杖」に寄りかかっていたのに、一歩教会の外に出たら、杖を投げ捨て自分の足で歩いていた…これがヤコブの現状です。彼は、兄と四百人からどうして逃げようかと右往左往しています。 イスラエル(神の王子)とされた恵みが消え去ったのは、「目を上げて見たもの」の影響です。彼は、「エサウと彼の四百人の手下」へ目を上げていました。ある時、聖霊に満たされても、次の日も天使の大群が見えるというわけではありません。むしろ、立ち向かってくるエサウの兵士たち(現実の困難な出来事)が目に飛び込んできます。信仰とは、周りでも自分でもなく、神と神の約束に目を注ぎ続けることです。神から目を離し、現実だけを見た途端に恐れがでてきます。 友よ。あなたにはいつも神の権威と守りの兵士がついています。それを見るのは信仰の目によってです。四百人が目に入ったなら、神の王子のプライドをさらに強く意識してください。正しいプライド(神の子のアイディンティテー)は、高慢ではなく遜りです。遜る者と神は共におられます(ヤコ4章6節)。 ==== サレプタ・ミニストリー ======== 清野 隆二 Ryuji Seino |
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