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2008.12.3 ルカによる福音書 10:38 一行が歩いて行くうち、イエスはある村にお入りになった。すると、 マルタという女が、イエスを家に迎え入れた。 10:39 彼女にはマリアという姉妹がいた。マリアは主の足もとに座って、そ の話に聞き入っていた。 10:40 マルタは、いろいろのもてなしのためせわしく立ち働いていたが、そ ばに近寄って言った。「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせ ていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃ ってください。」 10:41 主はお答えになった。「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い 悩み、心を乱している。 10:42 しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。 それを取り上げてはならない。」 *** マルタもマリアもイエス様への歓迎の心に満ちています。しかしマルタは、 忙しくもてなしの準備をし、精神的にもイライラし始めます。そしてイエス 様に「妹にも手伝わせるように言ってください」と懇願する始末。妹のマリ アは、イエス様の足元に座り、その話に聞き入っていたと書かれています。 大事なお客様が来ているのに、もてなしの支度もせず、座って話を聞いてい るという対応は、確かに台所などでいろいろ準備をしているマルタにしたら 「気が利かない人」としか映らなかったかもしれません。しかし、本文を読 む限りにおいては、イエス様を招いたのはマルタです。ですから、マルタも 一緒にイエス様の近くに座って話を聞ければ良かったのかも知れません。 しかし、マルタが気になって仕方がなかったのは「イエス様の存在」や「イ エス様の教え」ではなく、「料理の出来具合」であり、「食事の準備」でし た。人の家に招かれたのに、招いた人が自分の前で相手をすることもなく、 あれこれ準備に追われ、イライラしているのは客としては何とも居場所のな い感じがするものです。今の時代であればピザかラーメンを近くの店から配 達をしてもらってでも良いから、そこにいて相手をしてくれるほうが招かれ た者としてはうれしいわけです。 懇願するマルタに対して、イエス様はマリアを評価します。本当に必要なも のはひとつだと語り、マリアは良い方を選んだのだと教えています。 誰かがマルタのような役割を果たさねばなりませんが、イエス様が最も喜ん でくださる歓迎は「近くでしっかり聞かせていただくこと」なのです。 ふと、礼拝での対応を考えました。礼拝の全体を見る人が必要であり、様々 な奉仕をすることも大事なことなのですが、一番大事なことは「キリストを 歓迎する心」であり、「キリストに聞くこと」なのです。礼拝の場合にはキ リストに招かれてそこに集まるわけですから、なおさらのこと。キリストが 礼拝で私たちに求めているのは何なのか、ちょっと考えてみる必要があるか もしれません。 祝福がありますように。 関根一夫 |
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