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2008.12.02 ルカによる福音書 10:30 イエスはお答えになった。「ある人がエルサレムからエリコへ下って 行く途中、追いはぎに襲われた。追いはぎはその人の服をはぎ取り、殴りつ け、半殺しにしたまま立ち去った。 10:31 ある祭司がたまたまその道を下って来たが、その人を見ると、道の向 こう側を通って行った。 10:32 同じように、レビ人もその場所にやって来たが、その人を見ると、道 の向こう側を通って行った。 10:33 ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来ると、その人を 見て憐れに思い、 10:34 近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、 宿屋に連れて行って介抱した。 10:35 そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人 に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、 帰りがけに払います。』 10:36 さて、あなたはこの三人の中で、だれが追いはぎに襲われた人の隣人 になったと思うか。」 10:37 律法の専門家は言った。「その人を助けた人です。」そこで、イエス は言われた。「行って、あなたも同じようにしなさい。」 *** ここに出てくる「祭司」も「レビ人」もきっと仕事のできる、信頼されてい る人だったのだろうと思います。でも、宗教的な奉仕や使命が心をいっぱい に満たしていて、「強盗に襲われ半殺しにされた旅人」が目の前に倒れてい るのを見ていながら、その人を助けることも、声をかけることもせず、さっ さと通り過ぎてしまうのです。彼らは、間違いなく、隣人を愛することにつ いて「教える」ことが出来る人だったと思います。 そこにサマリア人が通りかかります。その当時サマリア人はユダヤ人と仲が 悪く、自分の方から近づくことなど普通はしないものであり、双方が軽蔑し 合っていたのですが、この人は倒れている旅人に近づき、できる限りの介抱 をし、費用まで出して、去っていきます。 このサマリア人は「倒れている人」を見て「憐れに思い」心に深く同情し、 その思いを行動に移したのです。イエス様は、誰が「隣人」になったのかを 問い、質問者に「あなたも行って同じようにしなさい」と言いました。宗教 的な意欲や奉仕より、人に対する同情や愛を重要なこととして教えているイ エス様のこの教えは、当時の社会においては新しいメッセージだったのです。 「隣人を愛する」とは、どういうことなのか、考えさせられるお話です。 祝福がありますように。 関根一夫 |
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