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2008.8.31 ルカの福音書 3:21~22 プリント メール

2008.8.31

ルカによる福音書

3:21 民衆が皆洗礼を受け、イエスも洗礼を受けて祈っておられると、天が開

け、

3:22 聖霊が鳩のように目に見える姿でイエスの上に降って来た。すると、「あ

なたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえ

た。

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イエス様の公の生涯が始まるにあたって洗礼を受ける場面が福音書には書か

れています。

聖霊が降ってきたということや天からの声が聞こえたということは、神様か

らの救い主としての認証を受けたということを意味していると言われていま

す。この洗礼の場面こそ、公の生涯のスタートとして位置づけられています。

しかも、民衆と同じレベルに自分を置いているということも大事な要素です。

罪を犯したことがなく、神様との関係には何の問題もなかったのですが、「罪

人のひとり」「罪あるものの代表者」という立場をイエス様は貫きました。

私たちにとって洗礼は「信仰による生活の出発式」「信仰の公的な宣言」と

いう意味がありますが、イエス様にとっては「人間宣言」であり「救い主」

宣言でもありました。

イエス様が洗礼を拒否されたとすれば、私たちより一段も2段も高いところに

自分を置いており、罪あるものへの軽蔑さえ感じます。罪ある者のひとりと

いう立場に自分を置いてくださったことで、どれほど私たちの心が安心でき

るようになったかわかりません。

洗礼はイエス様の謙遜さの表明でもありました。

祝福がありますように。 関根一夫

  
 
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