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メルボルン・オセアニア通信45 - 2008/05/06 02:32
**************************************************************************************** メルボルン・オセアニア通信45 ( 通算101) 2008.4.30 「メルボルン通信」郵便便振替番号:00130-6-569354 発行 : 栄都ミッションセンター 編集 : 菅野和憲 177-0053東京都練馬区関町南4-17-1-318 菅野気付 TEL&FAX 03-3594-5685 IP電話 E-mail: aaf78250@pop17.odn.ne.jp
**************************************************************************************** 【 主 な 内 容 】
パース日本語キリスト教会での3ヶ月(4) 森 和亮 帰国を前にして 田中祐典 パースからの報告 スティーブ・ヤング 受洗の証 宮下祐平 神様の御介入 松永多美 ダリル・ジャクソン君からのレポート ブリスベン 日本人クリスチャン・フェローシップ 「メルボルン事件」関連の動き 伝言板//あとがき
☆★☆
付録 エスペランス No.2 **************************************************************************************** 「パース日本語キリスト教会での3ヶ月」(4)
森 和亮(前 横浜山手キリスト教会牧師)
**************************************************************************************** パースに向けて出発したのが昨年5月のことですから、この報告ももう終りにします。 振り返って何よりも強く印象に残っているのは、海外の日本人が輝いていることです。日本語教会の存在意義も大きいと言えます。 調査によると、海外でクリスチャンになる日本人は、日本にいてクリスチャンになる日本人とほぼ同数か、あるいは上回るそうです。このことに私は大いに励まされます。種蒔きのたとえ(マルコ4章)
を借りると、日本ではいばらが伸びてふさいでしまうところを、海外ではそのいばらが取り除けられて良い地となって実を結ぶようなものです。日本人は決して福音を受け入れられない国民ではない、ということです。 ちょうどパースにいた頃、日本に福音が初めて届いたのは、フランシスコ・ザビエルの16世紀ではなく、はるか前の古代のことであったと主張する本に出会いました。そのことについてのザビエル自身の確信から出た証
言もあるようです。キリストを受け入れ、「死に至るまで忠実」(黙示録2:10)
であったがゆえに殉教して行った無数の誇るべき先祖を持つ日本人――それを実証するように海外での日本人が、すなおに、ためらわず、積極的に福音を受け入れるのを見て来ました。日本人を見直した! というのが正直な感想です。 いま私は、日本人が輝くのを妨げて来ているのが何なのかを、しきりに考えています。そして、この国を主が顧みて、目覚ましリバイバルを起こしてくださるのを祈っています。(完)■
*****************************************************************************************
帰国を前にして
田中祐典
2008年1月6日 於: パース日本語キリスト教会 ****************************************************************************************
まずこの場で証のできることを神様、またヤング先生と皆さんに感謝します。10ヶ月という短い期間でしたが数々の神様の奇跡に出会い、また神様の導きに感謝しています。 今回、その幾つかを証させてもらいます。まず皆さんに出会えた神様の導きに感謝します。SHYな性格なため、まったく違った教会の中に入っていけるか正直日本を出る時不安でした。皆さんが僕を受け入れてくれ、と
ても親切にしてくれたので、そんな不安はすぐに無くなりました。神様は僕に祈ってくれる人、食事を用意してくれる人、英語を訳してくれる人、また一緒に遊んでくれる人などのたくさんの人たちを与えてくださいました
。ひとり1人が皆素晴しいクリスチャンで交わっていく中で彼らからたくさん学びました。また、ひとり1人が違った賜物を持っていて、それぞれが神様にあってパースに導かれていることに気づかされました。また神様は
皆で祈り求めるとそれを助けてくれるクリスチャンを教会に導いてくださいました。その1人が聖二さんです。ボクは彼がこの教会に初めて来た時に、神様の導きを強く感じました。その時は賛美集会の前で、皆でもっとメ
ンバーが集まるように祈っていました。すると神様は直ぐにボクと同じ高校で同世代の男性のクリスチャンを与えてくれました。神様はそのあとも人だけには必ず、新しい礼拝堂やドラム、必要なものすべてをこの教会に与
えてくれました。「求めよ、そうすれば与えられるであろう。捜せ、そうすれば見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば開けてもらえるだろう。」 ルカ11:9 僕はこのパースに来て、ひったくりされる経験をしました。バッグの中には聖書、パスポート、財布、免許書、携帯電話、CDプレーヤー等の大切なものがたくさん入っていました。海外に来て、想像もしていなかったこ
となので、正直すごく落ち込みました。でもそんな時、神様はパートナーを僕に与えて下さり、共に祈る時間や聖書を読む時間をたくさん与えてくれました。すると不思議に、不安は消え、むしろパートナーを僕の近くに置
いてくれたことを神様に感謝するようになりました。こういった辛い状況の中でも、喜んで祈り、神様に感謝することを学びました。それは日本にいるときは出来なかったことです。それが少しづつ出来るように神様に変え
られていることがわかりました。その事件の2ヶ月後、ヤング先生と警察に行くと机の上に聖書とパスポートが置かれているのを見たとき、神様がこの事件を通して、僕にどんな困難な状況の中でも、神に頼り、祈ることを
教えたかったのだと分かりました。それは霊的成長につながりました。このことは始めから神様のご計画の上にあったと確信しています。「患難は忍耐を生み出し、忍耐は練達を生み出し、練達は希望を生み出すことを知っ
ているからである。そして希望は失望に終わることはない。なぜならわたしたちに賜わっている聖霊によって神の愛がわたしたちの心に注がれているからである。」ローマ5:3-5 僕はこのパースに来て神様からたくさんのものを得ました。と同時に、ぼくは大好きなNIRVANA, Red Hot Chili Peppers等のRockのCDを捨てました。ぼくが日本で聞いてた曲のほとんどは罪の塊のような歌詞でした。大好きなロックスターの中には薬にはまり自殺してしまう者もいました。もちろん、それを聞いている時
、神様が寂しがっていることは知っていました。パースに来てからも礼拝に来て神様を賛美していても家に帰ってはRockミュージックでストレスを発散させていました。学校や老人ホームでギターを弾き賛美する機会を
与えてもらっているのに、こんなことをしている自分が恥ずかしく思いました。時間は過ぎ帰国一ヶ月前、みんなで賛美集会をすることになりました。しかしまだRock musicを聞く習慣は残っていました。そんな時、本番一週間前になると不思議なことに3人の人がぼくの好きなRockのことをなぜそれが悪いのかを説明し、指摘してくれたということが続きました。 ぼくは直ぐ神様がこの3人を通して「もうロックは十分楽しんだだろう!? そろそろ私のあげた賜物を私のために使いなさい。」と言いたかったことがわかりました。その夜、何枚ものCDをバキバキ割って近所のゴミ箱に捨てました。今まで大切だったものを捨てたはずなのになぜか重荷がとれた
ような感じがしました。そして、それからは今まで以上に心から神様を賛美できるようになりました。「わが岩、わがあがない主なる主よ、どうか、わたしの口の言葉と心の思いがあなたの前に喜ばれますように。」詩編1
9:14 本当にこのパースに来てたくさんのことを学び、たくさんの出会い、多くの経験ができたことを神様に感謝しています。これから日本に帰って就職などの将来に対しての不安もちょっとありますが、もうすべては神様の御
手の中にあることを信じ、何も恐れず、歩んでいきたいです。 親切にしてくれた皆さんに本当に感謝しています。またこれからもヤング先生の英会話クラスを通して多くの人がクリスチャンになることをお祈りしています。 「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。―主の御告げ。―それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」エレミヤ29:11
***************************************************************************************** パースからの報告(2008年3月28日のメールから)
スティーブ&サラ・ヤング
パース日本語キリスト教会
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支援者の皆さまへ
このパースの熱く乾燥した夏も終わりに近づいています。この状況下で体調は支えられています。とは言っても、正直言うといつもよりも弱さを覚えていると言わざるを得ません。冬に向っていることとか、最近2度程散歩
の翌日体調がすぐれなくなったこと等気にしているのです。でも運動をしないと、体調がもっとすぐれなくなるかも知れないし。私の健康の回復のために是非お祈りください。私(サラ)
は自分が多くの霊的戦いの標的になっているのではないかと思っています。ここでの私たちの働きは多くの人が闇から神の絶大な光りへと導くことです。つけ加えるなら、私の執筆活動は読者の多くの方々を励ましていると
思えます。私は霊的領域で二重の標的にされているのかも知れないと思うのです。祈りの内に是非私のことを覚えてください。 息子のエリックが2月20日から3月9日の間こちらに来てくれました。今はナッシュビルでビリー・グラハム関係の仕事を期待しています。ビリー・グラハムの若い頃を取り扱った映画の仕事を望んでいます。娘のステ
ィファニー夫妻は共にかなりきつい仕事をおり、ゆっくり共に過ごす時間もないようです。支えられるようお祈りください。次に、スティーブが教会のことについてお話しします。 以前、お話ししたキャンプベル牧師ご夫妻はクイーンズランド州にある教会に行くことになりました。私は引き続き英語部と日本語部を一人で受け持っています。現在、西オーストラリア長老教会には牧師候補者はおりま
せん。十分な資金がないので、この地での助け手を得るのが難しい状態です。牧会者が備えられるよう祈り続けています。英語部と日本語部が共により活発な宣教の働きを続けられるよう願っています。最近、南アフリカか
らの移住者によって、説教者の空席が埋められた話を聞いています。近頃、当日本語教会のホームページを開設しました。―> http://perthfreeenglish.sakura.ne.jp/
xoops/ 開設して間もなく、4月下旬にパースに職を得てやって来るクリスチャン家族の方からメールを頂きました。この地の日本語教会での奉仕を強く望んでいるとのことです。永住ビザを所有されているとのことですので、とて
も感謝しています。数ヶ月前に、やはり永住ビザを所有されているご家族が来られました。ご主人は日系ブラジル人で奥様は中国系の方ですが共に日本語で話されます。私たちがキリストのより強い証人となるためにも、主
がこの教会にさらに人を送ってくださるよう共にお祈りください。キリストにあって一つとされ、キリストの十字架の福音に焦点を合わせられますように。 10月に牧師・長老・執事の家族を主に対象としたファミリー・キャンプを計画しています。ナッシュビルのキリスト長老教会のチームが来て、このキャンプを盛り上げてくれることになっています。このキャンプがクリス
チャンの働き人の一致といろいろな教派のクリスチャン・ファミリーを力付ける機会となるよう是非祈ってください。このキャンプでは英語教育を受けたり、協力者として働こうとしている日本人青年たちへの宣教も含んで
います。 次の方々のことを祈りの内に覚えてくださいます様お願いします。いずれも聖書に関心を持ち、福音に感化されている方々です。マリさん,ユミコさん, リョウコさん, アイさん, ヒロコさん, リオさん そしてルイスさん。他にも多くの人が福音を聞いています。私たちは彼らの内に新しい命を与えてくださる神の御霊が働いてくださるよう祈っています。 このパースで私たちと共にキリストの福音にある皆さまの祈りと参与を心から感謝します。 主キリストの平和が、皆さまと共にありますように。 (3月28日のメールから) 神の小羊にあって。 スティーブ・ヤング ***************************************************************************************** 受洗の証
宮下 祐平
2008年1月6日受洗 於: パース日本語キリスト教会 **************************************************************************************** 私はパースに来て2ヶ月になります。フリースクールに通い出したのもちょうど2ヶ月前です。そんな短い期間でどうして神様を信じるようになったのかは、神様のお導きとしか言えません。それはスティーブ先生の一
言がきっかけでした。クリスチャンになりたいことを先生に言った日、どうしてクリスチャンになりたいのかと聞かれた時のことです。以前から聖書に興味があったこと、パースに来て、クリスチャンの人達のやさしさや心
の豊かさに惹かれたことなどを話しました。初めはクリスチャンのようになりたいという、憧れに近いものからでした。こっちに来て間もない私を多くの人が助けてくれました。そして、その多くの人がクリスチャンでした
。すると、先生は、「聖書に興味があったり、クリスチャンになりたいと思ったのは聖霊があなたの心に働きかけていたんです。」と言ってくださいました。その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが変わりました。神様との
距離が、ぐっと近くなったように思いました。そして、私の人生は神様の計画の中にあったことを確信しました。その日を境に、私は神様を信じていると、胸を張って言えるようになったと思います。今思い返してみると、
私とキリスト教は常にどこかで関わっていました。最初の出会いは高校受験の時です。良くして下さった先生に勧められた学校がクリスチャンの学校でした。それがキリスト教を知るきっかけになりました。今、日本で通っ
ている大学もクリスチャンの学校です。しかし、パースに来るまで、私は信仰を持ったことに対して、典型的な日本人の考えを持っていました。高校生の頃から聖書に興味があり、何度か手にする機会がありましたが、きち
んと読んだことはありませんでした。神様なんていない、宗教と聞けばうさんくさい、怪しいなどと考えていました。今、私は大学では心理学を専攻しています。大学では、私は科学者として教育されました。なぜかと言え
ば、心理学という心を扱う学問の性質上、数字や理論が重要視され、何よりも客観的な考えを持つことを教えられました。当然、信仰を持つこととは正反対です。私は以前にもまして、そういったものに批判的になっていき
ました。そんな大学生活を送りながら、就職活動を終え、あとは卒業を待つだけとなったとき、パースに来ることを決めました。以前から海外に行きたいと考えていましたが、親の反対もあり、なかなか実現できずにいまし
た。もう諦めかけていた時、ふいに許しが出たのです。すぐに内定を辞退し、大学を休学し、パースに来ました。パースは4年程前にも来たことがあり、すごく思い出のある町です。でもなぜ、またパースに来ることを決め
たのか、やはり、それは神様のお導きだったのだと、今では思います。クリスチャンになりたいことを先生に話し、先生は聖書についていろいろ教えてくださいました。その中でもとくに心に残った箇所があります。「互い
に忍び合い、誰かがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦して下さったように、あなたがたもそうしなさい。」(コロサイ人への手紙3章13節)
この箇所は洗礼を受ける日を決めた、ある日の勉強会で知りました。私は父親を赦すことができませんでした。そんな私を見透かすような聖書のこの箇所に、神様の偉大さ、私達への深い愛を感じずにはいられませんでした
。そして、こんなに罪深い生き方、考え方を持っていた私のために死んでくださったイエス様の愛を感じることができました。この箇所を読んで以来、私の中で父親への感情が少しずつ変化しているように感じています。も
うすぐ私は、日本に帰らなければなりません。短い滞在期間でしたが、とても幸せです。神様を信じることができ、神様のお導きでまたパースに来ることができました。そしてすばらしい兄弟たちに出会うことができました
。このことを神様に感謝し、また私を助けてくれたたくさんの人たちに感謝しています。 以上 2008年1月6日 パース日本語キリスト教会にて受洗 ***************************************************************************************** 神様の御介入
松永多美 2007年12月25日 於 : パース日本語キリスト教会
**************************************************************************************** 私は2003年7月にこの教会で受洗しました。その後、日本に戻り、2年位して地元の会社で派遣社員として働くことになりました。その会社で働く前の派遣先に比べると環境的にもすばらしく、神様がこの職場を与え
てくださったことに感謝していました。しかし、新しい事をすぐに覚えるのが苦手で、ケアレスミスも多く、周りの人に迷惑をかけていました。そのうち、私の仕事ぶりが悪いために何人かの人はあからさまに攻撃をしてく
るようになりました。直接攻撃をしなくても、陰口、悪口、噂話に満ちている部所だということにすぐ気がつきました。 その頃、私はたくさんの御言葉を与えられていました。(出エジプト記20:16、マタイ6:14-15,マタイ7:1-2,マタイ 10:28、ローマ12:2, 14, 17, 19, 21、1コリント:13 4-9、1ペテロ:9-12、1ペテロ5:6-7) これらは与えられていた御言葉の一部ですが、そこで働き始めて約1年、イエス様の導きによって、完璧ではありませんが忠実に従わせていただいていました。 その部署にグループリーダ-(GL)
という役職の方がいました。同僚たちはいつもその人に仕事の問題や同僚たちの不満を言っていました。その人はいつも笑顔で対応し、とても良い聞き手でしたが、相談をしても特に具体的には何もしない、と他の人が言っ
ていました。私自身はGLは他にもっと重要なお仕事を扱っていて、とても忙しいと思ったので私が攻撃を受けていることについては何も相談しませんでした。会社の中の他の誰にも不満は言いませんでした。私は神様にそ
の問題をお話し続け、またインターネットで見つけた、顔も声も知らない祈りのチームに相談していました。 同じフロアの違う部所に同じ秘書をしているゆきちゃんという女の子がいました。彼女とは給湯室やトイレで会ったときにおしゃべりをして軽い良い関係を築いていました。その当時の2ヶ月程前、ゆきちゃんが結婚して
福岡へ移住することになった事を聞きました。そのとき、「彼女のポジションに移れればなぁ」と思いましたがそんな事は起こるはずがない、と思ってそのことはすっかり忘れていました。 聖霊に満たされていたため、彼らの攻撃も気になりませんでしたし、攻撃をされてもすぐに赦すことができ、その後すぐに普通の態度で接することができました。しかし、少しづつ少しづつ、聖霊がなくなっていっている
ことに気がつきました。そして同僚たちの攻撃が耐えられないほどエスカレートしていました。ある日、「もうこれ以上耐えられない」と思い、この派遣先を辞めようと思いました。派遣先に連絡をする前に、隣の建物で働
いていた同じ派遣会社のお友達に走って会いにいきました。彼女とは前の派遣先でも一緒で、この会社をやめたあと、派遣会社はすぐ次の派遣先をさがしてくれるかどうかを相談しに行きました。そのとき、お話するつもり
はなかったのですが、少し年上の同じ秘書仲間の方がそこに偶然居合わせました。あまり詳しい事情はお話しなかったのですが、よく理解してくださり、励ましてくださり、「やめなくていいわよ。ゆきちゃんが辞めるから
派遣先に移動できるかどうか聞いて見なさい?」と助言してくださいました。私はやめることは一旦とどまり、派遣先に移動を希望する旨を伝えました。 派遣会社に電話をし、他部署への移動が可能か問い合わせをしました。次の日に担当の方から前向きな返事をいただきました。すぐにGLとの話し合いも持たれました。GLは私の話をとても理解してくださいましたが、
この部所に残る方向で話を終えました。その後、GLが攻撃をしてくる人たちと話をしてくださいました。いったい何をお話したのか全く分かりませんが、それから1年続いた彼らの攻撃がピタリと止まりました。攻撃がピ
タリと止まり、問題が改善されていましたので、移動のことはすっかり忘れていました。自分の望むとおりではありませんでしたが、自分自身の力では同僚の攻撃を止める方法はなく、主が問題を解決してくださり、この状
況が主のみこころだと受け止め、主に従い、ただ主に感謝していました。 それからしばらく経ったある日、GLから呼び出しがあり、その後の状況を尋ねられましたので、以前より状況が良くなっている事と、GLへの感謝を伝えました。そのときも移動のことは全く頭になかったのですが、G
Lが突然、「移動のいい機会だよ。」と言ってくださいました。私は咄嗟に、「主はどちらを喜ばれるだろう」ということを考えていました。そして「親切に教えてくださった方もたくさんいるので、その方達のことを考え
ると移動したい気持ちと残りたい気持ちと半々です、一日考えさせてください」、と伝えました。 その日の夜、移動するべきかどうかのお祈りをしました。次の日、朝、ゆきちゃんにトイレでばったり会ったので、お仕事
内容と部所について詳しく聞き、良い感触を得ましたが、主が本当はどちらを喜ばれるのかを考えていて、決心することができないでいました。ゆきちゃんとお話をしたあとすぐに、今度はGLとばったり会って、呼び止め
られました。私は夕方頃決断してお話しようと思っていたので、どうしよう、と思いましたが、ミーティングルームでお話することになりました。「今決めなければいけませんか?」と聞くと、GLが説明し始めました。昨
日の夜、GLと私の上司で話し合い、「私の上司は引き続き残って欲しいと思っているけれども、親切に教えてくれた人たちのことを考えてこの部署に残るというのは良くない、松永さんの気持ちを取ろう、という結論にな
った」、と伝えてくださり、「こんな機会はめったにあることじゃないから」、と言ってくださいました。私はその時、言葉をなくし、自分の耳を疑いました。私が決める必要はありませんでした。主が答えを与えてくださ
ったのです。そしてその後平安な部所でパースに来るまでの一年を過ごさせていただきました。私はその時も今も罪深い存在です。私が何か良いことをしたから部所を移動することができたわけではありません。ただ、主の
哀れみによって、主が問題に御介入くださり、主が解決してくださいました。全て御栄光を主にお帰しします。 この苦しみのときに、彼らが主に向かって叫ぶと、主は彼らを苦悩から連れ出された。主があらしを静めると、波はないだ。波がないだので彼らは喜んだ。そして主は、彼らをその望む港に導かれた。彼らは、主の恵みと
、人の子らへの奇しいわざを主に感謝せよ。詩篇 107:28-31
**************************************************************************************** ダリル・ジャクソン君からのレポート
(3月4日のメールから抜粋)
**************************************************************************************** この数ヶ月の間、メルボルン日本語キリスト教会ではこれと言った特別なことはありませんでした。年末年始、日本に一時帰国していた人たちが戻ってきました。彼らが留守の間の数週間はちょっと静まりかえっていた感
じでした。一月の後半から、青年会が再開され、普通に戻っています。ゲームと聖書の学びのこれまで通りの青年会ともう少しリラックスした、でも証とかショートメッセージ等を交えた喫茶店風の青年会を交互にしていま
す。土曜日の夜には、J-
ラウンジがあります。カフェ・スタイルで、メルボルン在住の日本人の若者に的を絞った催しです。主に、日本語教会の青年たちが中心になって、ゲームあり、日本のドラマ鑑賞あり、日本食ありです。 2月には、メルボルンと大阪が姉妹都市ということで市が大阪フェスティバルを行いました。今年は市の大きな公園で開催され、日本文化が紹介され、お好み焼き、太鼓焼き、お寿司、太鼓演奏等々。日本語教会のメンバ
ーも協力し、皆とても楽しみました。 昨年以来、日本人の牧師公募を行っていますが、牧師候補者として大阪の先生が日本語教会を訪れます。12日間程、この地に滞在して、英語部の方々や日本語部の人たちに会うことになっています。
皆さんそれぞれ順調でありますように、またこちらの様子をお知らせします。■ **************************************************************************************** ブリスベン 日本人クリスチャン・フェローシップ(JCF)
(集会案内から)
**************************************************************************************** ブリスベンにあるJCFはアメリカ人宣教師のトニー&マーシャ・ウッヅ夫妻の協力を得て、7年前に発足しました。毎月第4主日の午後にモアパークバプテスト教会で開いています。南東クィーンズランド州における日本人と日本に関心のあるキリスト者の超教派の集いです。日本人の救霊と霊的成長、かつ地域及びオーストラリア国内そして国外の教会と協力し合うことでこの働きの目的達成を目指しています。今年から毎月第一日曜日のお昼から、ピーターとマリーチェンそしてOMFの共催で「日本宣教の祈り会」を持つようになりました。 現在、援助協力協賛を受けている主な団体はケンモアバプテスト教会、モアパークバプテスト教会、ブリスベン日本語教会、ブリスベン・インターナショナル日本語教会、クリーク・ロード長老教会、ゴールドコースト日本
人教会、リーディークリーク教会日本語グループ等です。 ***************************************************************************************** 「メルボルン事件」関連の動き
(中村ひで子さんの連絡から)
**************************************************************************************** 3年前、メルボルンで公演された「メルボルン事件」の本多千香さんを扱った金森マユさんの作品「Chika」(http://www.mayu.com.au/chika)
が3月にシドニーで4回公演されました。観客の中にいたアデレード・フェスティバルのプログラムマネージャーが同作品に大変感動され、9月下旬にアドレードで行われるOz Asia Festival http://www.ozasiafestival.com.au/ への招待の打診がなされ、9月25,26日にアドレードで再び上演されることになりました。 メルボルン公演の時と同様に関係者が本多千香さんを招待しようと尽力されましたが、今回も残念ながら叶いませんでした。でも、9月のアドレードでの公演に千香さんの渡豪実現のため相談がされているとのことです。
今回シドニーで「Chika」を鑑賞した大阪弁護団のメンバーはその後、ボンド大学のウイルソン教授、コルベン教授と会い、今後のパードン申請について打ち合わせを行ったようです。進展を期待したいところです。
*************************************************************************************** 伝 言 板 ******************************************************************************************* 1 次の方々から献金・切手(通信用)をいただきました。有り難うございました。 (敬称略順不同) 城定千世子、篠田澄子、唐内芳枝、大嶋義隆、匿名希望、玉川上水キリスト教会 ******************************************************************************************* 2【 オーストラリアでの日本人伝道のための祈り会 】5月は都合により、第4土曜日です。 日時: 5月24日(土) 午後2時 - 4時 場所:菅野宅(練馬区関町南4-17-1-318)
******************************************************************************************* 3【 横田早紀江さんを囲む祈り会 】 日時:5月15日(木) 午後2時45分 - 4時 場所:いのちのことば社内(新宿区信濃町6) 問合せ: 鴻海(03ー3353ー9348)叉は、斎藤(03ー3413ー7861)
毎月初日(1日)の正午から30分の間は、北朝鮮拉致問題解決のための祈りの時間です。 その時におられる場で、祈りの輪に加わっていただけますよう、ご案内致します。 *******************************************************************************************
4「アニメ めぐみ」政府インターネット テレビで放映されています。 http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg1754.html
******************************************************************************************* 5, SNSのMIXIに「豪州における日本語(人)教会」を開設しました。 http://mixi.jp/view_community.pl?id=2275481
それぞれの教会の関係者の方が最新のトピックを書き込んでくだされば有り難いです。又、オーストラリアで日本語(人)教会を探している人の一助となることを願っています。いずれにしても、よろしくお願いします。 ******************************************************************************************
あとがき
******************************************************************************************* 昨年、大腿骨頸椎骨折の手術後、リハケアセンターで過ごしていた母が5ヶ月ぶりに戻って来た。ケアマネージャーの尽力で週3回のデイサービスの生活に戻った。精神的に落ち着いているのでホッとしている。皆様のお祈
りに感謝しています。妻の大学生活は3年目に入った。今期は一時限目のクラスが週3日。早寝早起きを余儀なくされている。ゴールドコーストの弟は朝4時半からの仕事をし始めた。もっと早寝早起きだ。skypeで時
々話すのだが、以前のように夜の遅い時間はご法度だ。私の方は本人の意思とは関係なく、高齢者に分類されているので、区の無料の入浴を週に数回楽しんでいる昨今だ。■ *******************************************************************************************
付録
******************************************************************************************
エスペランス No.2 (希望のために) 2008年4月30日
古川和彦・あけみ夫妻を支える会 発行 *******************************************************************************************
私は夫、古川和彦 とともに薬物依存の方々のためにクリスチャンの「薬物更正施設」をつくりたいというビジョンを持っております。今日はそのことについてお証させていただきます。 ※ 私は、小学校の教師をしておりまして、この仕事をなによりも生きがいとしているものです。 14年前のことです。「和彦さんが交通事故ですって。病院へ行ってあげて!」私の職場に珍しく慌てた声で、主人の母から電話がありました。急いで病院へ駆けつけてみると、頭を丸坊主にして、4本の鉄の杭を打ち込
まれ、まるでオーム真理教のヘッドギアのようでした。それをつけてベッドに吊されて血がにじんだ包帯だらけの主人の姿がありました。悲惨な姿のあまり私は、「ギャー」と大きな声を出してしまいました。主人は、職場
へ行く途中、左から飛び出してきた自動車が彼のオートバイにぶつかったのです。医者も、誠心誠意尽くしてくださりましたが、手の尽くしようがない絶望とのことで家族は不幸のどん底に陥れられたのです。結婚して2ヶ
月目のことでした。普通ですと愛情のある素敵なロマンスの中で愛をはぐくみ幸せの絶頂を過ごしている時期ではないでしょうか? しかし、私たちは違いました。長い闘病生活が始まりました。私は主人の回復のためにはなんでもしました。食事の介助、着衣の着脱、彼の体をふいてあげること。そして彼は排泄機能がおかしくなったので、オムツの取替
えなど心を尽くして、必死であらゆることを試して治るように頑張りました。主人は、温度調節がまるっきりできませんでした。いつも首から上が急にのぼせるように熱くなり、雪の積もった真冬でも下着一枚で布団もかけ
ていない状態で寝ていました。頚椎損傷と言う病名でした。有名なクリスチャンの星野富広さんと同じ病名です。いつでしたか、大川先生の説教の中に星野さんのことを拝聴したとき、ああ、家の主人と同じ人と思ったとき
がありました。星野さんは体温の調整ができなかったとき、冷やし中華を食べたとありました。私は、毎日、毎日アイスクリームを食べさせました。私は主人の動かない手や足をいつも擦り、「動くようになれ動くようにな
れ」と念じました。そんなある日、奇跡が起こったのです。あれだけ医者に見離され、絶望の人生を歩むはずだった体に変化が起きて、半身不随になることなく、動くようになったのです。どんなにうれしかったことでしょ
う。 それもつかの間、今度は心の病気が始まりました。事故の後遺症が薄皮をはぐように少しずつよくなってきたころ、大量の薬の服用による副作用です。心身が錯乱し、自律神経失調症になり、体は思うように動かない苛立
ちもあり、自暴自棄に荒れ狂うようになったのです。精神科にも通うようになりました。交通事故で寝たきりの時も大変でしたが、心の病はもっと大変です。より始末が悪いです。夜になって暴れだし、目は視点が合わず、
巨漢の主人はそれだけで恐ろしいのに、大きな水中銃を取り出して「人間狩りに行ってくる」とまるで殺人をゲームと思うかのように楽しんで笑みを浮かべておりました。「殺される、この家にいたら。逃げよう。」と思い
ました。彼の力は人間離れしていました。分厚い壁を破り、家はまるで台風か過ぎ去ったかのような状況。私は台所の窓から急いで包丁を外に投げ捨てます。大きな声が響かないように窓を閉めます。明け方まで暴言をはき
、気が済むと、うそのようにいびきをかいて寝てしまいます。それでいて翌朝何も覚えていないのです。私は疲れはて、心も体も冷たくなって、泣きながら仕事場に行きました。学校の仕事だけが私の心を癒してくれる場所
でした。 そのころはイエス様を知りませんから、夫婦にとっては、精神科の薬だけが頼りでした。薬の量はどんどん増えていきましたが、薬を止めることはできません。苦しい日が何年も続いたある日、主人がいきなり「オースト
ラリアに行く。」と言い出しました。すべての環境を変えて自分を生き返らせたかったのでしょう。大量の薬を持ってオーストラリアのパースへ牧場体験のために旅立ちました。その時、私はもう帰って来なくてもいいや、
行方不明になって死んでくれたほうがいいとの思いで見送りました。 しばらくして、主人から「行くはずだった牧場の経営者が急に自殺未遂したので行くところがなくなった。これからどうするのかは未定になった。」という電話がありました。どうするのかと思っていたら、パースの日本
語キリスト教会のスティーブ・ヤング先生の紹介で「ティーンチャレンジ」という薬物依存者のためのクリスチャン更正施設にスタッフとして働かせてもらうことになったという連絡がありました。薬物患者の和彦がスタッ
フになるなんて、と不思議に思いました。 その施設はイエス様の愛がいっぱいの施設です。朝は賛美で始まり、一日中祈りとともに作業をして、夜はテレビも雑誌もないので 満天の星空の下で眠りにつくまで賛美の歌を歌います 彼はそこで日本人初めてのスタッフとして働きながら、イエス様を知りました。生徒とともに、イエス様を信じて癒され、洗礼を受けて帰ってきたのです。 3ヶ月後、迎えに行った私はその変わり様にびっくりしました。その時の彼の目は輝き、口にする言葉はきちんとして、態度までが別人のようにしっかりとした自信に満ちていたからです。彼はイエス様の素晴らしさをひ
たすら話してくれました。まったくイエス様を知らなかった私ですが、救われた彼を見て私は思わず、「あなたイエス・キリストにより救われたのなら神学校に行き牧師になりなさい。」と言ってしまいました。それほど彼
の変わりようは天地がひっくり返るほどのものでした。私はすぐに洗礼を受けたいと思いました。イエス様のことを知り、イエス様を信じて和彦のように救われたいと思ったのです。そして大川先生に洗礼を授けていただき
ました。 和彦の病いはすべて癒されていました。担当医も驚いていました。大量の薬をゴミ箱に捨てた時の、あの喜び溢れる瞬間は今でも鮮明に覚えています。忘れられません。私の生活も救われたのです。彼はもう気が狂ったよ
うになって暴れることもなくなりました。 和彦は毎日のように言い続けます。「かつての僕のように薬漬けになって薬物中毒になり苦しんでいる人々がイエス様の愛を知ることによって平安を得て、救われて欲しい。日本にも薬物依存者のためのクリスチャン更正施
設を作りたいんだ。絶対に必要なんだ。」最初は絵空事と思っていたのですが、あまりにも具体的に何回も何回も話すので、これは神様から示されているのかなと考え始めました。更正施設を作ると言っても、どうやって一
歩を踏み出すのかわかりませんでした。そんな折り、オーストラリアのヤング先生から勉強しに来ないかとのお誘いをうけました。さらに有志の方々が私たち夫婦を支える会を作ってくださるとの話しがありました。森和亮
先生が私たちのために勉強会を開いて、基本的なことを教えてくださるようにもなりました。 とはいえ、これは主人の仕事であって、私は支える立場にあると思っていました。 「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである。」(ヨハネ15:16) この聖句は今年の教会の標語です。元旦の礼拝で、大川先生が示されたこの御言葉を聞いたときに雷に撃たれたような衝撃を受けました。更正施設を作る仕事は単に主人だけに与えられたものではなく、私たち夫婦に与え
られた使命なのだと受けとめさせられたのです。私は自分の生き甲斐である小学校の教師の仕事を辞めて、オーストラリアに勉強に行く決心をしました。これまで教会では大川先生はじめ皆さまがいつも心配して声をかけて
くださいます。また多くのクリスチャンの方々も励ましてくださり応援してくれています。お祈りでいつも支えてくださっています。全てに感謝です。神様の御愛はなんと深いのでしょうか。 イエス様を知らなかった私たち夫婦の10年間は苦しく、辛く、悲しい戦いでした。当時の私たちの頼りは薬だけでした。その薬によってまた苦しめられてもいたのです。それもこれも「マイナスはすべてプラスになる」
という神様のご計画だったのでしょう。これまでの不幸な出来事は大きなイエス様の愛を知る過程だったのだと理解することが出来ました。 ※ 苦しみにあったことは、わたしに良い事でした。これによってわたしはあなたのおきてを学ぶことができました。(詩編119:71)
※ 日本の薬物患者の数は増えるばかりです。多くの若者が助けを求めています。でもその後ろにいる家族の方々の悩み,苦しみはどれだけ深いものか大きいものかは、体験した私には身をつまされてわかります。私たちが主
なる神様の使い手として薬物依存者、心の病気に苦しむ方々のための施設を作り、イエス様の御手の中での平安をお知らせすることができればと、いやどんな人間でも見捨てられた人間はなく、みな選ばれた人間として、一
人ひとりが神様の愛の中に生きることが出来るという素晴しさを人生をかけてお伝えしていきたいと思っています。 私は6月末からオーストラリアに勉強に行くため、3月末で教師の仕事を辞めました。私は神学校へ、和彦はヤング先生の下でティーンチャレンジのカリキュラムを勉強してきます。その先の施設作りの具体的な方法も経
済的な課題も、すべて神様にゆだねて前進して行きたいと思っています。 皆様、この弱き、小さき、未熟な二人に祈りをもって支えてくださいますようによろしくお願いいたします。本日は本当にありがとうございました。
2008年4月23日 古川あけみ (2008年4月23日に大和カルバリチャペルの祈り会での話に加筆したものです)
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「古川和彦・あけみ夫妻を支える会」
所在地 : 177-0053東京都練馬区関町南4-17-1-318 栄都ミッション・センター 電 話 : 03―3594―5685 (FAX兼用) Eメール: aaf78250@pop17.odn.ne.jp
郵便振替口座「古川和彦・あけみ夫妻を支える会」振替番号 00140―7―595086 総合口座通帳記号 10000 通帳番号 54026321 ****************************************************************************************** 古川和彦・あけみ夫妻のビジョンにご理解いただき、お祈りとご支援を感謝いたします。 あけみさんのBCWA(西オーストラリア バイブル・カレッジ)
への入学手続はヤング先生のご助力により無事済みました。現在、ビザ取得のための諸手続を進めています。新学期は7月21日に始まります。6月下旬の渡豪を目指しています。主の備えと導きをお祈りくださいます様お
願い致します。
下記の方々から献金をいただきました。有難うございました。(順不同・敬称略) 坂本カヨ子、植草三樹男、棈木タエ子、佐藤博子、井村信親、唐内芳枝、満永礼子、遠藤茂雄・清子、高石公夫・由美子、岡本良二、和知恭子、小笠原治子、松岡浩子、追浜聖書教会
郵便総合口座通帳をご利用される場合はメール又は電話等でご一報くださいますよう、お願い致します。 尚、郵便総合口座通帳間のATMでの送金手数料は2008年9月末日までは無料です
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