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メルボルン・オセアニア通信44 - 2008/02/29 06:43 メルボルン・オセアニア通信44 ( 通算100)                          
2008.2.25

「メルボルン通信」郵便便振替番号:00130-6-569354 
発行 : 栄都ミッションセンター 編集 : 菅野和憲
177-0053東京都練馬区関町南4-17-1-318 菅野気付
TEL&FAX 03-3594-5685 IP電話050-2013-1124
E-mail: aaf78250@pop17.odn.ne.jp 

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【 主 な 内 容 】

パース日本語キリスト教会での3ヶ月(3) 森 和亮
祝 ご結婚
Happy Birthday
受洗の証       山中 智子 / T.F
北愛からのメール
1月8日の賛美集会    小野 綾香
真の教育とは何か    堀内 快男
伝言板//あとがき

☆★☆
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「パース日本語キリスト教会での3ヶ月」(3)

  森 和亮(前 横浜山手キリスト教会牧師)

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 エピソードを一つ。私の受け持った昨年5月から13回の聖日礼拝説教の何回目でしたか、『主イエスの教えた三つの善行』といったテーマでマタイの福音書6章から三回連続でお話ししたその第一回目の題は、『施し』 でした。その説教の中で、ちょうどその前日土曜日の夜に、私の受けた施しの実例をお話ししました。
 パース市内の病院でわずか三日間の入院でしたがヘルニア(脱腸)の手術を受けた次の週だったかと思います。お留守のスティープ・ヤング牧師の車を乗り回していた私もさすがに運転は自粛して臨時助手の田中ゆうすけ 君に運んでもらっていましたが、その夕方はバイブルクラス後、賛美練習か何かで忙しいゆうすけ君と別れ、「一人で大丈夫」と強がりを言って、住居としていたヤング牧師宅へ、慣れない電車を利用して向かいました。と ころが最寄りと思う駅で降りてみるとバスの連絡はなく、タクシーを呼んでも電話がつながりません。駅を後にして歩いて帰る決心をしましたが、車で通ったことのあるその道路は車専用だったのです。とっぷり日の暮れた 車道の外側は荒れた草地で、追い越して行く車を避けながら歩き出した所で、思わずひとこと祈ったような記憶があります。1~2時間も歩けば着くだろうか。手術後の痛みも多少は残る体を屈めるようにとぼとぼと歩き始 めた自分の姿に、急に不安に襲われたのです。こんな時だれかがピックアップしてくれるなどという夢のようなことが起こるだろうか。すると、通り過ぎた一台の車が前のほうで急停車、おぱあさんが降りてきました。「こ こは歩いてはいけないの。危ないわよ」つづいて、ご主人らしい人が、「どこまで行くの? …それなら乗りなさい」 こうして私は主の教えられた善行をそのまま実践した老夫婦に助けられたのでした。玄関前で降りると き私が名前を訊ねなかったらそのまま立ち去ろうとしたこのご夫婦(カトリックの方たちでした)に、何のお返しのすべもなく、ただ「サンキュウ」を繰り返して天の父からのお報いを祈るだけでした。■

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祝 ご結婚

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ご結婚おめでとうございます

1月5日(土)に、
パース日本語キリスト教会の浩史さんと庸子さんがパース日本語キリスト教会で、
メルボルン日本語キリスト教会の秀司さんとしのぶさんが日本で結婚されました。
   尚、秀司さんとしのぶさんはあらためて3月にサム・マクギオン師の司式の下
   メルボルンで式を挙げられます。

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Happy Birthday to Tokie-sn  

80歳のお誕生日おめでとうございます。
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 パース日本語キリスト教会で最年長の姉妹であるPearce時枝さんの80歳のお誕生日を記念して、前日(2月3日)の礼拝後に誕生日パーティーを行いました。
 時枝さんは1952年に豪州軍人と結婚。軍の命令でご主人は豪州に帰国。追って渡豪できるまでYWCAの宿舎にいる間、近くの小さな教会から流れる賛美を伴奏するオルガンの音に誘われ、戸外にいる間、会堂内で語 られる十字架のメッセージに心が開かれクリスチャンになりました。半年後、ご主人のいるパースに来ることができ、豪州でのクリスチャン生活の第一歩を踏み出しました。(2001年9月22日の証から)。

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受洗の証

山中智子
2007年12月23日受洗 於: パース日本語キリスト教会
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 私は今までで宗教について真剣に考えたことがありませんでした。仕事や恋愛が上手くいっているときは自分の力で何でも出来ると思い込み、一方壁にぶつかると何かに救いを求めていました。ある時は人気の占い師であ ったり、評判のスピリチュアル本やアクセサリーであったりと様々でした。しかしどれも一時的な気休めで、いつもさまよっていました。
 教会に通うきっかけとなったのは、今年のイースターフライデー礼拝です。その時は、日本でなじみのないイースターフライデーに、オーストラリア人はどう過ごすのか知りたい、教会へ行けば分かるかもしれないと思っ ただけで、キリスト教には全く関心がありませんでした。そしてその当時住んでいた家の近所のDianella Church of
Christを訪れました。なぜこの教会に行こうと思ったのか自分でもわかりません。家からもっと近い教会があったのに自然にこの教会へ行ったのです。そこはノンクリスチャンで神様のことを何も知らない私を快く迎 え入れてくれて、とても温かな雰囲気の教会でした。今は神様がこの教会を導いて下さったのだと信じています。
 それから日曜礼拝にも通い始め、3ヶ月ぐらいたった7月のある日、教会の友人に薦められて日本語教会のバイブルスタディーに始めて参加しました。その頃の私は、礼拝に参加していましたが、聖書に興味はありません でした。ローカルの人たちと英語で話をしたかっただけでした。しかし、友人から「とにかく聖書を勉強してみたら?それから神様を受け入れるか受け入れないかはあなた次第だから」と言われ、ためらいながらバイブルス タディーに参加しました。その当時はヤング先生の代理の森先生が教えてくださっていました。初めて参加した時から森先生の穏やかな人柄にひかれて、聖書の興味よりも森先生のお話が聞きたくて通い続けるようになりま したが、ある日教わった聖書の御言葉がきっかけとなって、どんどん聖書に引き込まれていきました。それはエペソ人への手紙第5章18節「また、酒に酔ってはいけません。そこには放蕩があるからです。御霊に満たされ なさい。」でした。ワインが大好きな私はこれまでに飲みすぎては醜態をさらすことがたびたびありました。反省しても意志が弱く、同じ事を繰り返していたのです。これまでの過ちに向き合わされたようで恥ずかしくなっ たのと同時に、「御霊に満たされなさい」という言葉に心に染み渡る何かを感じて、「私もこうなりたい」という気持ちが自然と出てきたのです。また、朝晩にお祈りをすることが習慣になっていきました。悩みや不安があ ってもお祈りをすると気持ちが落ち着くようになりました。
 このように、少しずつ神様を求めるようになっていきましたが、洗礼を受ける気持ちにはなかなかなりませんでした。「洗礼を受けなくても神様を求める気持ちはクリスチャンと同じだ」と抵抗し続けていました。ところ が帰国まで後1ヶ月という頃から、「帰国前に洗礼を受けたい」という気持ちが強くなってきました。なぜそのような気持ちになったのか自分でも良く分かりません。そのために「自分でもはっきり理由が分からないのに洗 礼を受けてもいいのか?」「本当に私は神様を信じているのか」という不安や、両親の反対など、ギリギリまでいくつもの壁がありましたが、教会の皆さんの励ましや祈ってくださったおかげで、壁を乗り越えることができ て、今日の洗礼式を迎えることが出来ました。
 何も分からない私をあたたかく受け入れてくださったDianella Church of Christ のみなさん、ヤング先生、森先生、ほとんど毎日のようにバイブルスタディーの時間を作ってくれた多美さん、日本語教会の皆さん、本当にありがとうございました。
 私の信仰心はまだまだからし種のようなとても小さいものですが、今までのように何かに救いを求めてさまようのではなく、神様を信じて、助けを求め、御霊に満たされるクリスチャンとして生きていきたいです。最後に 、この留学生活で何度も励まされ、またこれかもらも心の支えにしていきたい御言葉をお伝えして私の証を終わらせていただきます。

「あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ耐えられるように、試練とともに脱出する道も備え てくださいます。」コリント人への手紙第1、第10章13節

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受洗の証

T.F.
2007年12月23日受洗 於: パース日本語キリスト教会
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 まず初めに皆様方の前で、お話しさせて頂く機会を与えて下さった事を神様に感謝します。
 私の両親は共働きで、幼少時代「K 幼稚園」という教会と一緒になった場所で、周りの子供達より長く通園していました。私は物心つく以前から、神様の存在そしてイエス・キリストの存在を信じて育ってきました。全ての物事に感謝をする事を培う機会を与 えてくれた両親に、とても感謝しています。幼少時代からキャンプをしたり、バーベキューをしたり、アウトドアをする事が多かったので、自然を愛している今の私がいるのは、この頃の経験がとても大きいのだと思います 。ただ楽しむだけではなく、みんなで賛美歌を歌ったり、先生が聖書の教えを話して下さる貴重な時間を過ごしました。
 学生時代は教会のお手伝いをして聖書の勉強をしながら、今度は子供達を楽しませる役目を神様は私に与えてくださいました。とても充実した少年期、思春期を過ごしてきました。私の人生を振り返ると、聖書の教えをし っかり守り、礼拝を守り、イエス・キリストの愛を一身に受けていた事を改めて実感しています。
 人一倍独立心が強い私は高校卒業後、親に勧められていた大学進学はせず、18才で単身東京へ就職しました。仕事始めは、夢もいっぱい、そして期待に胸を躍らせていたのを覚えています。ブライダルプランナーを約2 年間、転職後は証券会社で約7年間働いていました。日本では、生きるために必死になって働いていました。
 就職後の私は、クリスチャンとしてブランクの人生です。聖書の教えを知っているのにも関わらず、私は教えに従わず、たくさんの罪を重ねてきました。教えに背を向け始めた当初は、いっぱい苦しみました。悩みました 。そして、神に祈り自分の罪を悔い改める事をしていました。そのうちに毎日背いている自分である事を自覚するようになりました。そして、祈る事を止め、日曜の礼拝には仕事で休みを取る事が出来ない為、行く事がなく なってしまいました。そのような生活が続き、私はクリスチャンであるのにも関わらず、罪を重ねて行く事に慣れてしまいました。いつしか罪の意識を持つ事もなくなり、完全に心が麻痺してしまいました。
 証券会社で長く働いていた私の労働時間は、普通では考えられない地獄のようなものだったと思います。朝8時までには出勤し、帰りは夜中の12時~3時の間で、しばしば会社に泊まることもありました。多額のお金を 預かる仕事だけに、夜の接待はいつしか欠かす事が出来ないものになっていました。夜中はお酒を浴びるように飲み、お客様を喜ばすために、綺麗な女性を口説いて紹介したり、何度も自分がしている事の愚かしさに苦しん だ時間を過ごしてきました。心の中では、聖書の教えを知りながら背いている自分をその時は、生きていくために、そして会社のためだと思えば正当化するしかありませんでした。
 私のお客様の中には、全財産を失わせてしまった人が何人もいます。会社の方針で、実際の取引よりも何十倍ものハイリスク、ハイリターンが可能な証拠金取引を勧めた人です。会社としては、その人の人生がどうなろう とも関係ありません。手数料が会社に入れば、会社の利益ですから損をして財産を失う人がいても、それはその人の責任として解決させられます。しかし、そのお客様を対応していた私の人間としての行いはどうでしょうか ?とても辛い思いを沢山背負った時期でもありました。とても心が病んでいた時間を過ごしました。
 もう一つ皆さんに告白することがあります。それは、私の愛した人の話です。私はクリスチャンとしていけないのを知りつつ、結婚もせずに3年間共に生活をした人がいました。その人は離婚経験があり、女の子の子供が いました。5才~8才まで、その私の愛した女性と共に子育てをしながら3年間同棲していました。彼女の事、子供の事を心の底から私は愛していました。けれど、彼女は一緒に生活している中でも、私の事は名前では呼ん でくれず名字で「F君」といつも呼び、彼女はとてもお金持ちの人と結婚したいという結婚観を聞かされていました。毎日、忙しく、土日も休めないまま働き続けていた私は、彼女が求める愛にも応える事が出来なくなりま した。そんな中、いつしか彼女は夜の仕事がしたいと言い出し、私はそれを承諾してしまいました。そのうち、彼女は私と生活を共にしている間に、彼女が求めているものを全て備えている男性と出会ったと聞かされ、子供 と共に私の前から去っていきました。今でも、一人ではなく愛した人を一度に二人失った辛さを思い出すと胸が苦しくなります。私は、幸せを感じていた時間を思い出しては、彼女と結婚したかった気持ちが今でも度々よみ がえってきます。
 その後、私の心にぽっかりと大きな穴が空いてしまいました。自分の置かれている状況が、今どんなに間違っていたかという疑問を持つ切掛けにもなりました。随分、信仰から離れていた自分にも気付き、今の自分に踏切 りを付けるためにも、今の仕事を止めようと決めました。そして、久しぶりにお祈りしました。自分はどうすれば良いか、神様に自分の身を委ねる事を話し祈りました。そして、オーストラリアに来る一大決心をしました。 オーストラリアに行ってからは信仰を大切に生きようと決め、着いて早々に教会を探しました。そして、巡り合ったのが、こちらの教会です。
 私は失ってしまっていた聖書の教えを思い起こすために、「NEW TESTAMENT」を始めから読み出していました。オーストラリアに来て、マタイ11章28節「すべて、疲れた人、重荷を負っている人はわたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」を読 んだ瞬間涙が溢れて止まらなくなってしまいました。私は大きな罪をたくさん重ねてきてしまったのに、Jesusがもっている愛情はあまりにも大きく偉大で、罪人である私を赦して下さっているのを感じました。私がこ の場所にいるのも私がこうして皆さんの前で話しているのも、神様がこうして私を導いて下さったのだと実感しています。私の心の空洞はなくなり、Jesusの愛情でいっぱいに満たされています。今は聖書を読む度にJ esusの大きな愛を感じ、感謝の気持ちで涙が溢れてきます。
 日本では、人間関係にも陰りが出て来ていた私でしたが、今では無償の愛を持って困っている人を見ると手を差しのべる事が出来るようになりました。見返りを求めない愛を実践していた昔に戻る事が出来て、今は、私の 「My Life」を愛していると言えます。日本で仕事をしていた頃の生活は誇らしいものではありませんでした。神の使いとして、今は自分が出来る事でお役に立てるのならば、何でもしたいと思っています。心から、 「神様、このパースのこの教会に導いて下さってありがとう。Jesus、私を赦して下さってありがとう。」
 Jesusは私達クリスチャンを赦して下さるために、十字架に張り付けられ、死んで下さった。そして、神の子である証しとしてよみがえって証明して下さった。私は、少し前の信仰心を失いかけいていた頃に戻ること のないよう、礼拝や聖書の勉強を欠かすことがないようにします。
 テサロニケ人への手紙第1、5章16~18節「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。」私は、神の望まれていることを実践する生き方をします。
 この度の洗礼はクリスチャンの私ですが、自ら望んで受けました。今日お集まりになっている皆様そして、私の証しに目を通して下さる方々へ、ありがとう
ございます。
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「北愛からのメール」から(2008.2.13)
サム、頼子、レイ、恵、ニーナ
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 ご無沙汰しています。このところ、正直言ってちょっと慌ただしい日が続いています。先月にわかったのですが、どうも4番目の子が与えられたらしいです。実はクリスマスの時期に、その気配を感じたのですが、ちょっ と信じられないでいました。頼子は木曜日に検査に行きます。私たちはこれまで3人の子供たちの育て方がよかったかなんとも言えないのですが、4番目もなんとかなると思っています。頼子は今回つわりがツライようです 。これまではそれ程でもなかったのですが・・・。ぜひ彼女のために祈って下さい。
 仕事の方はかなり忙しく、まだ慣れない面もあり苦労しています。結構、出掛けたり、たまに別のことにも手を出しています。実は今、ケニヤのバイブル・カレッジに200台のコンピューターを送る費用として2000 ポンドを工面するのに奔走しているところです。
 子供たちは皆元気で、北アイルランドが気に入っているようです。3月11日から4月2日にかけて、オーストラリアに行きます。以前から、メルボルン日本語キリスト教会の教会員カップルの結婚式の司式を頼まれてい るのです。

 正直言うと体の調子が思わしくないのですが、ベッドを抜け出して書いています。そろそろベッドに戻った方がよさそうなので止めます。

皆さま、お元気で。
Sam Yoriko and kids
Crosslinkss, 32 Montgomery Road, Belfast BT6 9HL Tel 028 90796028  (意訳 菅野)

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「1月8日の賛美集会」 

小野綾香
パース日本語キリスト教会
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 私を始め、田中祐典兄、杉森梨香姉、佐野聖二兄がパースを離れるので、このメンバーでの最後の賛美集会ということで企画しました。ゲストとしてエレキ・ギターに田中孝明兄、ピアノにウンジン姉(韓国人女性)、ベ ースにロージー姉(韓国人女性)を加え、インターナショナルなバンドを結成。音響・司会を石田優香姉。Power Pointとポスターを私が作成しました。
 オープニングは『ONE WAY』『TAKE IT ALL』とアップテンポなナンバーから始め。聖書朗読と祈りに続いて『STILL』の後、オーストラリアに関する『OXクイズ』で場を盛り上げ、『BETTER THAN LIFE』『How Great Is Our God』。そして佐野聖二兄の証。無料英会話の生徒による特別賛美『Show to the Lord』。ヤング先生のメッセージ「自分の敵を愛すること」その後、ヤング先生のリードで『慈しみふかき友なるイエス』を賛美。私と佐野兄とで『I Love You, Lord』を佐野兄のアコースティック・ギターの演奏での弾き語りをし、曲の途中で私が短くスピーチをした後、バンドの演奏でもう一度『I Love You, Lord』を歌い、そして最後の曲『King of Majesty』ですべてのプログラムを終了。準備不足にも関わらず45名程の参加に、感謝でした。
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真の教育とは何か 

堀内 快男
パース日本語キリスト教会 2007年12月24日
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「私は小学校を卒業していない」と云うと今はやりの登校拒否児だったのかと思われるかも知れない。
 私は各列強国間が敵対視して一触即発のにらみ合いのさなかに育った。小学校入学と同時に軍事教育の目的で国民学校と呼称が変わった。その年の12月8日に大東亜戦争が勃発。つまり大東亜共栄圏を米英の侵略から守 ろうという大義名分の下に始まった第二次世界大戦のことである。
 その昔1300年頃、北条時宗時代に元モンゴルの大軍が海を渡り九州を攻撃し、正に日本が侵略されんとしたときに台風が吹き荒れ(たまたま台風の時期だったのだが)敵の船々のほとんどが沈没或いは大破して日本は 神風に守られたという声でそれ以来神国日本と教えられた。
 昭和15年(1940年)2月11日には紀元節があり、神武天皇が国を統治されてより二千六百年間曼世一系の皇室で滅びたことのない日本を誇り大祝賀祭があり、一億の民を謳歌した。
 学校の校庭の東側に奉安殿が祭られ、その祠には天皇陛下の御真影と教育勅語がおさめられ、毎朝生徒は校庭に整列し校長が「天佑を保有し曼世一系の皇室……」のくだりを朗読したのち、「君が代」を称え歌って最敬礼 黙祷の朝が始まるのであった。三年生の昼頃突然我々に校庭に集合命令が下り、我々の同級生の兄である塩見君がゼロ戦戦闘機による表敬訪問飛行がある、諸君全員で歓待しようという校庭の上空を機は三回転のあと去って いった。軍国少年の全員が感きわまり予科練幼年学校を目指して頑張ろう、神国日本の天皇陛下の為我が身を捧げよう、敵艦に衝突し撃沈せしめ花と散る事を夢見てお互いに誓い合ったのである。
 軍国主義は益々エスカレートしてゆき敵性言語の禁止、撃ちてし止まむ、鬼畜米英などの標語から、徐々にむなしくも、「欲しがりません。勝つまでは」とか、竹槍戦争一億総玉砕と変化していったが、ついに神風は吹く ことなく大敗し、昭和20年(1945年)8月15日に終戦を迎えた。
 かえりみるに当時の教育は忠君愛国質実剛健滅私奉公がモットーであり、お国の為に身を捧げお国の為、天皇陛下万歳と花散る事が至上の喜びであったと思える。
 昭和22年(1947年)4月、国民学校より小学校となり新制による学校改革があった。故に私は6年間を国民学校で教育を受けたのである。
 敗戦により天皇は人間宣言し、神の座より降りられた。更に当時は偉人であった人物書も廃棄された。又日本の歴史の殆どが塗り変えられ、そして我々は教育の全てに否定的になり不信感がつのり虚無的になっていった。 幼年期の純粋な心が蝕まれた後遺症は続く。そして教育も躾も相容れない人物像が出来上がり、魂の行方を見失っていったのである。悪しくは個人主義を通り越し利己的自我中心主義が生まれる。
 戦後世代の救いは民主主義国家となり言論の自由が認められ、宗教に対する等思想の弾圧がなくなり、戦争の永久放棄があった。渇ききった心に宗教活動が入り込み、教会或いは私学クリスチャン系のチャペル等が心をう るおすようになった。戦後近隣国が教育のあり方として、他国民を敵視することにより国威の高揚を図るのをみるにつけ昔の我々を思い浮かべゾーッとする。
 幼稚園生である私の孫は「主の祈り」を毎朝唱え、唯一無二の神を自然に受け入れて身につけつつあることは幸せであると思う。
 バイブルにより神のみ教えを真摯に受け入れることに思想の平安を得る事になり、その広がりが人類の平和と更に共存共栄が達成できる時代がくるのではないだろうか。しかし日本の現状を見るにつけその道は険しくはる かに遠い事を痛感せざるを得ない今日である。
 一年前、私はイエス・キリストを心から信じることが出来ました。その結果全ての出来事を神にゆだね心の平安を得ることが出来ました。日本の将来にこの信仰と希望と愛と平安を信じ、たよる人々が増えていくことを祈 ります。
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伝   言   板
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1 次の方々から献金・切手(通信用)をいただきました。有り難うございました。 (敬称略順不同) 
内海さやか、乗富俊二、井上直子、浜田良夫、篠田澄子、匿名希望、玉川上水キリスト教会
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2【 オーストラリアでの日本人伝道のための祈り会 】奇数月の最後の土曜日

日時: 3月29日(土) 午後2時 - 4時 場所:菅野宅(練馬区関町南4-17-1-318) 
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3【 横田早紀江さんを囲む祈り会 】
日時:3月13日(木) 午後2時45分 - 4時
場所:いのちのことば社内(新宿区信濃町6) 
問合せ: 鴻海(03ー3353ー9348)叉は、斎藤(03ー3413ー7861)

★毎月初日(1日)の正午から30分の間は、北朝鮮拉致問題解決のための祈りの時間です。その時におられる場で、祈りの輪に加わっていただけますよう、ご案内致します。

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4,[お願い]
元日本での宣教師であり、帰国者への宣教支援をされているDan Brannen師が、海外
でクリスチャンとなり、日本に帰国された方々の帰国後の信仰生活・教会生活の体験の証を求 めています。問合せ&送り先:dancbrannen@aol.com(日本語可)

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あとがき
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1991年8月から隔月発行で通算100号を迎えました。掲載記事と発行経費が続く限りと思いつつ、16年余、多く方々のご協力とご支援を感謝しております。オーストラリアでの日本人宣教の働きと帰国された方々の 教会生活・信仰生活のためにお祈りいただけますようお願い致します。またメルボルン日本語キリスト教会では引き続き日本人の牧師を探しています。ふさわしい時にふさわしい方が与えられますよう、お祈りの内に覚えて くださいますようお願い致します。■
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以上

編集投稿: admin, at: 2008/10/27 09:37

編集投稿: EMC, at: 2008/10/31 09:50
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