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メルボルン・オセアニア通信42 - 2007/11/02 03:18
メルボルン・オセアニア通信42 ( 通算98) 2007.10.31 「メルボルン通信」郵便便振替番号:00130-6-569354 発行 : 栄都ミッションセンター 編集 : 菅野和憲 177-0053東京都練馬区関町南4-17-1-318 菅野気付 TEL&FAX 03-3594-5685 IP電話 E-mail: aaf78250@pop17.odn.ne.jp
************************************************************************ **************** 【 主 な 内 容 】 パース日本語キリスト教会 での3ヶ月(1) 森 和亮 受洗の証 石田優香 ダリル・レポート ダリル・ジャクソン パースからの報告 スティーブ・ヤング パースで受けた主の恵み 栗原しのぶ 伝言板//あとがき
☆★☆ ************************************************************************ **************** 「パース日本語キリスト教会での3ヶ月」(1)
森 和亮(前 横浜山手キリスト教会牧師)
************************************************************************ **************** 今年2007年の5月中旬から8月中旬までの3ヶ月間、スティーブ・ヤング牧師不在の間のパース日本語キリスト教会でご奉仕しました。いわば『留守 番』役です。 既に皆さんご存知とは思いますが、この西オーストラリアのパースに2001年からヤング牧師の働きによって生まれた教会の正確な名称は「パース日本語 キリスト教会」です。実はパースの場合に限らず、今、世界各地に生まれ、私たち日本にある諸教会に祈りが求められているのは、「日本人教会」ではなく 「日本語教会」なのです。これが現地に行ってみて、まず強く認識させられたことでした。 5月12日(土)パース到着。翌13日にヤング牧師帰米前最後の聖日礼拝に出席した私は、ヤング牧師の説教がみごとに「バイリンガル説教」であること に、目を見張る思いをしました。日本語で語っては、続けて英語で同じ内容を言い直すようにして、説教が進められます。「日本語教会」なのに? そうです。会衆の中には日本人以外の日本語が不得意な人たちも混じっているからです。日本人女性と結婚した現地の人たちもいれば、その子供たちには英語 の方が得意の子もいたりします。教会が市内の各地で (他教会の会堂を借りて) 開いている無料英会話教室 (講師は主に現地のクリスチャン・ボランティア) や、同じく週日の家庭でのバイブルクラスなどからも、日本人以外の青年たちが友だちに誘われてやって来ます。韓国・台湾・マレーシア等々の青年たちで す。家族に日本人がいるわけでもなく、かつて日本に住んだことがあり、日本や日本人が好きだったり、関心を持って来てくれる人たちもいます。日本語が不 十分でも、いろいろなつながりやきっかけがあって来る人たちがいます。つまり、この教会は極めて国際性が高いのです。日本人の、日本人だけのための教会 では決してありません。またあり得ません。お互いをファーストネームで呼び合ったり、どちらかと言うと閉鎖的な傾向にある私たち日本人もそこではオープ ンマインドにさせられる、不思議な自由さのある共同体です。 私の場合、ヤング師のように「バイリンガル説教」とはいかず、説教要旨を上手に英語に直して礼拝席上希望者に配布してくれる献身的な奉仕者に助けられ ました。こうして『日本語を主な媒体としながらすべての人に開かれた教会』で奉仕しながら、私はしきりに初代教会のことを思い出していました。「地上で は旅人であり寄留者である」(ヘブル11:13)私たちです。日本語教会のこうした特性は、実は教会に本来的なものだったのかも知れません。■
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受洗の証
石田優香 2007.9.9受洗 パース日本語キリスト教会にて
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私の母親はクリスチャンで、私は小さい時から母に連れられ教会の日曜学校へ毎週通っていました。13‐14歳頃、私は家族の中で特に父親の事での問題 に気づき初め、教会にも疑問を抱え、それに加え私自身も世間一般の誘惑に興味を抱き、その後だんだんと教会へ行くのをやめ、神様から離れる事を選びまし た。 同じ頃、親や他の大人たちは、これは良くない、あれをするな、などと私によく言っていました。それは、だます事、やくざや犯罪者と友達になる事、売 春、タバコ、ギャンブルなどです。しかし、私は外から見て判断しても、実際にそこに入らないと本当の事は分からないのではないかと思っていました。高校 生の時、髪を染めたり、パーマをかけたり、制服の改造をしてみたりと、他の人と違うように自分を見せてました。でも、親に迷惑をかけるような事や学年を 落とすような事はしませんでした。私の高校卒業の頃、母はついに父と離婚をする事に決めました。 高校卒業後、大学進学に興味を持つこともなく、私はオーストラリアに1年間ワーキングホリディ制度で、行ってみることにしました。周りの慣れた環境か ら離れ、人生のことについて1人で考えてみたかったからです。その旅のお金を貯める為、ホステスとして夜働いた後、2001年にシドニーに到着しまし た。私は自由感と未知の世界にわくわくしました。そこのホームスティ先の18歳年上のその家の息子と仲良くなりました。その年の大晦日に、彼が私に体の 関係を持とうと言ってきました。私は体の関係を持っても持たなくても、私自身何も変わる事はないと思って、承諾しました。しかし、時が経つうちに違うよ うに感じていき、もっと傷つく方へ、ゆっくりとそして深く感じていくようになって行きました。そこのホームスティ先のオーナーとの大きな口論の末、友達 の紹介で別のホームスティ先に移りました。そのクリスチャン・ホームでの暮らしは、すごく良かったです。 その後、2003年2月に西オーストラリアに来ました。6ヶ月間のベントリーTAFE(テイフ、Technical and Further Education)での学びの間、またホームスティにお世話になることにしました。そこでまた前にホームステイでしたと同じような事をしてしまったの です。今回は、その家族のお父さんとでした。私は悲しく、嫌気がさし、その状況にとても疲れを感じて、このパースシティ全てから離れる事にしました。 (その頃、その語学学校で「サム」というクリスチャンと友達になりました。彼は今も良い友です。) バンバリー(註:パースから南へ車で約2時間)ヘ行き、そこで看護の勉強を始めました。数カ月後、ホテルで掃除の仕事を始め、同時にバーテンダーの仕 事を覚えました。私は、これは英語とホテルの仕事両方を習う良い機会だと思いました。そして掃除とバーの両方で働き始めた後、私はホテルに毎日いるよう になりました。実際に、私はそのホテルで6ヶ月間住んでいました。そこでホテルの仕事をいろいろ学びました。その間に、タバコを吸い始め、ナイト・クラ ブヘしばしば行き、バンドのメンバーと付き合い、マリファナを吸い、一、二度一夜限りの関係を持ったりしました。その後、パブのオーナーの息子と親しく なりました。彼は良い人でしたが、ドラッグをやっていて、私は、初めは、彼とカップルになりたいと望 んでいましたが、だんだんとその望みはないと分かりました。 1年半の看護の勉強の最後の学期に、私は英語の学力不足のため一つ単位を落としてしまいました。そして、私は環境を変える必要があるのではないかと 思ってきました。先生達との相談の結果、パースのTAFEでもう半年間、勉強することにしました。しかし、結局二つのTAFEとのレベルの違いもあり、 そのコースを卒業する事は出来ませんでした。 その後、語学学校の時からのクリスチャンの友達「サム」に、BCWA (Bible College of Western Australia)一般英語コースを薦められ、費用の安い事もありそこに通い始めました。 その頃も、私はパースでのナイト・クラブ生活もしつつ、バンバリーと同じような生活をしていました。 1年後、英語コースを終了し、クリスチャン・ミニストリーのコースに進みました。 その頃、私は、自分の人生は、私が日本を出た時に最初に計画をしていたのと同じくらい幸せではないと思いました。大人たちのこれは良くないよというこ とに昔の私が[実際に入って見なければ分からない]と考えていた事を思い出しました。この時まで私はこのような生活の中で何か良いことを見つけられるの ではないかと思っていたのです。それはある時点までは良かったのですが、本当に満足とか幸せと感じられる程ではありませんでした。実際、私はもっともっ と不満と不幸せになっていっていました。なので、どうしたら自分の人生を良い方向へ変えていく事が出来るだろうかと考えていました。もし神様が本当であ るならば、それを少し調べてもいいなとも思いました。 驚く事に、神様は本当にいる事実に気づくのに、長く時間はかかりませんでした。しかし、もっと神様を知るためには、どうしたらいいのか、分かりません でした。勉強をしたり、一般的に正しい生活や謙虚な生活をしてみても、何故か、神様に近づいて行っていないように感じました。同時に、神様の事を思った 時、もっともっと罪悪感を感じるようになりました。 ある時、私の良いクリスチャンのクラスメイト「テク」に「違うよ、ゆか、あなたは何もしなくてもいいのだよ。あなたは神様がいることを信じ、信じた い、もしくわ、もっと知りたいと思う。それだけでいいんだよ。それで神様がその残りは面倒見てくれる」と言われました。彼は、私は何もしなくてよいと、 全く何にも、「ただ、神様を信じ、私が神様の事で思っている全てを神様が面倒を見てくれると信じるだけでいいんだよ」と言ったんです。 私は、「ああ、なんだ、それは簡単な事だな。ただ信じるだけか」と思いました。そして、すごく気持ちが落ち着きました。なぜなら、神様が私に会いに来る には、私は少なくとも何かしなければと思っていたからです。
信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。 (へブル人への手紙11:1) すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているか ら、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい そうすればたましいに安らぎが来ます わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽い からです。 (マタイの福音書11:28‐30)
私のほんの小さく、弱い信仰で、一日一日、初めは少し、だんだんとたくさん、わたしの人生の事々を神様と私は一緒に経験していきました。そして私の神 様に対する信頼は強く強く育っていきました。聖書を読み勉強し、神様とのいろんな事を共有するお祈りをし始め、周りのクリスチャンの人たちに質問をし続 けました。私の中の何かが、神さまを捜し求めようと、もっと知ろうとしたのです。
神よ。あなたは私の神。私はあなたを切に求めます。水のない、砂漠の衰えはてた地で、私のたましいは、あなたに乾き、わたしの身も、あなたを慕って気 を失うばかりです。・・・・・・・ああ、私は床の上であなたを思い出し、夜ふけてあなたを思います。(詩篇63:1,6)
ある日の聖書勉強会で、神様が私たちに何を求めているのか学びました。それはミカ書6:8の「主はあなたに告げられた。人よ。何が良いことなのか。主 は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行い、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか」です。私は神様への私の 愛を表すためこれを守ります。 主イエスキリスト様のことでさえも、まったく何も知りませんでした。しかし、そんな私のような人でも、聖書、教会、学校、そして他のすべての方法を通 して神様は働いてくださっています。そうして、私は少しずつイエス様の事を知っていき、そして信じるようになって行きました。 私たちの主イエス様、あなたは私たちの救いの為のただ一つの道です。私たちの罪があなたを通して許されるために、あなたは十字架で死に、死から甦りまし た。あなたは、神の御子、私たちの救い主、そして主です。 イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありませ ん。」(ヨハネの福音書14:6) 私は、私の人生で欠けていたものは神様だと分かりました、それは私が長い間探していたけどどこにあるのか分からなかった、私の人生を満たす「何か」 だったのです。毎日、私は神様の新しいことを見つけます。そして、私がもっと神様のことを知れば知るほど神様がその「何か」だという事を認めざるを得な くなりました。 わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。(ヨハネの福音書10:10)
わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。‐主の御告げーそれはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将 来と希望を与えるためのものだ。あなたがたがわたしを呼び求めて歩き、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに聞こう。もし、あなたがたが心を尽してわ たしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう。(エレミヤ書29 : 11ー13)
いま私は人に取り入ろうとしているのでしょうか。いや、神に、でしょう。あるいはまた、人の歓心を買おうと努めているのでしょうか。もし私がいまなお 人に歓心を買おうとするようなら、私はキリストのしもべとは言えません。 (ガラテヤ人への手紙1:10) (一部編集: 菅野) ■
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ダリル・ジャクソン君からのレポート
メルボルン日本語キリスト教会
(9月11日と10月14日分を編集意訳 菅野) ************************************************************************ ****************
メルボルンからこんにちは。8月は本当に多くの訪問者がありました。まず、8月始めに、日本長老教会四日市キリスト教会で奉仕をしているアンド リュー・ゆりウィリアムズ一家が来ました。アンドリューは日本語教会で講壇を担当され、ゆりは礼拝で数回賛美指導をしてくれました。関西Hi-BAの新 川さんがオーストラリア青年宣教スタディ・ツアーで8月下旬に来ました。滞在中、数回、礼拝を共にされました。パース日本語キリスト教会を支援された森 和亮牧師が日本への帰途、メルボルンに立ち寄られ、説教と交わりのときを持ってくださいました。9月初旬に、日系ブラジル人の養蜂家で伝道師の寺尾てい すけ師が教会に立ち寄り、証と交わりのときを持ってくださいました。 このような訪問者は皆、日本語教会のメンバーにとり励みであり、新たなことを知る機会でもあります。もっと多くの人たちが寄ってくださり、クリスチャ ンとしての交わりの機会が増えることを望んでいます。 金曜夜の青年会では、少し赴きを変えたことを第2週に行っています。バンブーホールをちょっとこじんまりと喫茶店風にして、証とショートメッセージを 交えた集いです。費用はいつものように2ドルで、夕食にデザートがおまけに付いています。 9月8日(土)には、青年会主催のバーベキューをメルボルンの近くの公園でやりました。素晴しい春の陽射しの下に約35名が参加しました。トマトソース たっぷりのソーセージの伝統的なオージーバーベキューを食べ、公園内の森林を散策しました。 最後ですが、9月9日(日)は英語部との合同礼拝があり、共に聖餐にあずかりました。礼拝後、合同の昼食の交わり会がもたれました。
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しばらく催しと来客沢山の月が続きましたが、9月は特別な来客とか催しのない月でした。9月末に、礼拝にいつも集っていたゆうこさんとももこさんが帰 国しました。ゆうこさんは帰国前の日曜礼拝後にピアノのリサイタルをしてくれました。歌とピアノのとてもすばらい演奏会でした。 9月29日(土)はオージー・フットボール(AFL)決勝シリーズの優勝戦がありました。その日、教会では丁度メンズフェローシップがあり、15名程 の参加者がバーベキューを頬張りながら、教会の大スクリーンに写る試合を観戦しました。皆興奮していました。ジロング・キャッツ(ビクトリア州)がポー トアデレード・パワー(南オーストラリア州)を記録的な得点差(119ポイント)で下し、栄冠を勝ち取り、ビクトリア州に優勝杯を戻してくれました。 9月30日(日)は、恒例の「ようこそ礼拝」で、礼拝後に交わりの昼食会をしました。婦人方がおいしい昼食を準備してくださり、新来者を交えて、お互 いが知り合うときを持ちました。 10月5日(金)の青年会では、「オージーのフォークダンスとブッシュダンスの夕べ」を催しました。特に「ボンダイの波」とか「つま先とかかとのポル カ」のようなクラッシック・ダンスを皆で習い、踊りました。怪我もなく、楽しい夕べのひと時でした。
今回はこの辺にしておきます。主にあって、素晴しい日々を送ってください。
ダリル・ジャクソン Daryl Jackson
メルボルン日本語キリスト教会 http://www.mjchurch.org.au/ ************************************************************************ ***************** パースからの報告(2007年10月10日)
スティーブ・ヤング パース日本語キリスト教会
(意訳 菅野) ************************************************************************ **************** 支援者の皆さまへ
これまで祈り求めてきたことであり、既にお知らせしたことですが、9月から、ヘンダーソン・メモリアル長老教会での礼拝を始めるようになりました。現 在、英語部が無牧のため、この地の中会は英語部の牧会を私に任せました。英語部は会衆が少数なので、日本語部のメンバーも午前の英語部の礼拝に集うよう にしています。英語部も共に牧することは私にとって荷が重いです。ふさわしい働き人が備えられるよう共に祈り求めてください。働き人は必要ですが、その 働き人を雇うための資金もまた必要としています。そんな中で、10月26—30日に、ミカエル・キャンベル牧師夫妻が主の導きを確かめるためシドニーか ら来られます。彼はシドニーでの働きよりも、西オーストラリア州で主につかえることに関心を持っています。彼の履歴から、この教会で働くことが合ってい るようにも思えます。いずれにしろ、このことに関しての主の御心をお祈りください。もしキャンベル牧師夫妻がここでの働きに召しを感じるようでしたら、 彼らを経済的に支援する道を見出さなければなりません。考えられることは、彼が空軍のチャップレンになり、その傍ら、この教会を牧することです。 現在、日本女性のアイさんが受洗準備をしています。10月16日から3ヶ月の予定で、以前ここで受洗した多美さんがこの教会での奉仕を願ってやってき ます。また、来年の7月には、2年前この地で受洗した古川和彦兄と奥さんが来る計画です。彼らは薬物中毒等で苦しんでいる人たちの更生施設を東京近辺に 作ることを目指しています。そのノウハウの学びを中心とした準備のため約2年の訓練期間をこの地で持とうとしています。そのための経済的支援を2人は必 要としています。ぜひお祈りと共にご支援をしてくださいますようお願いします。 妻サラの2冊目の著書Dear Jesusが10月末に出版されます。インターネットのAmazon. comで購入出来ます(Amazon価格 1487円)。出版元のトーマス・ネルソン社は3冊目の執筆を依頼してきています。 今朝、クリスチャンの日本人とシンガポール人のご夫婦の新居に出掛けました。私たちは神さまの祝福が2人の証の生活にあることを祈りました。実際、永遠 の御国に至る狭い道を歩むことは並大抵なことではありません。イエスにある兄弟姉妹が共に祈り合うことはとても大切であり、そこにこそ慰めがあります。 感謝しつつ。神の子羊にあって。
************************************************************************ ***************** パースで受けた主の恵み
栗原しのぶ
2006年6月25日受洗 於: パース日本語キリスト教会 ************************************************************************ **************** 私の職業は看護師です。私とキリスト教の出会いは、看護学校時代です。この時には、まだ聖書についても、イエス様についても、何も知らず、ただ入学し た学校が、キリスト教という事でした。私の知る限りでは、学校の友達の中にクリスチャンはいませんでした。 看護学校時代、キリスト教について学んだ事は、週に一度ある音楽の時間に、賛美歌を歌う事と、一年目のときに少しだけあった、宗教哲学の時間に神父さ んのお話を聞くことだけでした。(このときはカトリック系の学校でした) 確かに、看護の仕事にあたるうえで、聖書に書いてある言葉は教訓になります。例えば、 「自分のしてもらいたいと望むとおり、人にもそのようにしなさい」ルカ 6章31節 これは、看護でいえば、患者さんが今何を望んで、どうして欲しいのかを考えてケアにあたるということでしょう。そのように、看護に関係がある言葉を学ん だりしたのが、宗教哲学の時間でした。でもそれまで、聖書というものを読んだことがない私にとっては、理屈はわかるけれど、その時にはあまり面白くない 授業でした。 そして、看護学校を卒業し、そのまま付属の大学病院に就職しました。私がその時配属になったのは、呼吸器内科の病棟です。人間にとって、呼吸が苦しい という状態は、一番死の恐怖を感じ、不安を抱くといわれています。病棟では肺炎や喘息の患者さん、そして最も多かったのは、肺がんで治療を受けている患 者さんでした。化学療法や放射線療法を受けている患者さん達、一時的状態が良くなっても、最後は亡くなる方が多いのが、この肺がんです。 この病棟で4年間勤めました。その中で多くの患者さんの死を見てきました。そして、悲しむご家族の姿も。そんな中で、死というものに対して、考えるよ うになりました。患者さんや家族が、ただ絶望や悲しみを抱くのでなく、もっと違ったとらえ方があるのでないか?日本人は信仰をもっている人が少ないけれ ど、それがあったら違うのではないか?と思い始めました。 それとは別に、仕事を始めて、3年目あたりから、仕事がきつく感じる事がありました。 看護の仕事に就くことは自分の夢でもあったし、やりがいもあると感じていました。でも皆さんもご存知のとおり、日勤、夜勤がある不規則な仕事です。大学 病院なので、重症患者さんもいます。モニターや器械類が沢山ついていて、薬の投与など、大きなミスは許されない現場です。患者、家族の対応、ナースコー ルが鳴ったらすぐに行かなくてはならない、そんな状況なので、病棟にいる間は常に緊張の時でした。そうしているうちに、突発性難聴という病気に、自分が かかってしまいました。幸いすぐに治療したので、あまり長引かず治りましたが、ああ、一度ゆっくり休みたいと思うようになりました。なので、4年間働い た大学病院をやめました。 病院をやめた後、どうしようかと考えたとき、学生時代に夢だった、海外への留学を考えました。行く前に、少しは英語を勉強していかなくてはということ で、近くにあった教会で、英語を習う事にしました。そこの教会はインターナショナルな教会で、外国から来る宣教師の方が沢山いました。英会話のレッスン の最後にバイブルスタディーがありました。ここでまた、聖書というものに触れる機会が与えられました。「私達は、神様から愛されている」このことが、何 となくわかってきたのです。看護学校時代に学んだ事は、この事が抜けていたと思います。 それがきっかけで、もっと聖書の事について、学んでみたいと思うようになりました。その教会で、パースに留学していたという人に、たまたま出会い、 パースにある、日本語教会も教えてもらいました。今振り返ると、神様は、私にいろいろな機会を与えてくれていたなあと思いました。 次頁上段 そして、留学後も日曜日はパース日本語教会に通い、クリスチャンの友達もでき、聖書を続けて学ぶことができました。聖書の中の言葉、スティーブ先生が 話してくれる聖書の教えを聞くなかで、人間は心の弱いものであること、そして、罪も沢山あることを知りました。でも神様はそれを許し、私達がどんな状況 になろうとも、必ずその愛で、私達を守り、支え、導いてくれるという事がわかりました。 実は大学病院をやめた時、もう一度、看護師として働いていく事に、自信を失っていました。でも神様の愛が私を支えてくれるなら、恐れる事はない、また 看護師として働いていこうと思えるようになりました。 帰国後、私は小さな病院ですが、クリスチャン系の病院で働いています。もちろん仕事は忙しいですが、主の愛が、私の心を強めてくれているので、それが 大きな支えになってくれています。 聖書の中には、私の心を強めてくれる言葉、それから教訓が沢山あります。でも私が看護師として働いている間、一番大切にしたいのは、第一コリント13 章 4節〜8節 「愛は寛容であり、愛は親切です、また人をねたみません(以下省略)・・・愛は決して絶えることがありません」、この言葉です。神様はこのような、永 遠の愛を、私達に示してくださいます。だから、私もいつもこの心で、患者様やご家族に対応していきたいです。まだまだ、未熟な私ですが、これが目標で す。 私をクリスチャンに導いてくれた、スティーブ先生、兄弟、姉妹の方々、そして、もちろん、私を支え、導いてくださり、すべてのものを与えてくれてい る、神様に感謝します。■ 2007年5月 記
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日時: 11月24日(土) 午後2時 - 4時 場所:菅野宅(練馬区関町南4-17-1-318)
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「メルボルン通信」郵便振替番号:00130-6-569354 「古川指定」とお書き下さい。 ************************************************************************ ******************* 5, SNSのMIXIに「豪州における日本語(人)教会」を開設しました。 http://mixi.jp/view_community.pl?id=2275481
それぞれの教会の関係者の方が最新のトピックを書き込んでくだされば有り難いです。 又、オーストラリアで日本語(人)教会を探している人の一助となることを願っています。 いずれにしても、よろしくお願いします。 ************************************************************************ ****************** ◎ 恐竜マット君のこと(10月15日のメールから) ************************************************************************ ****************** 住まいは京都大学(吉田キャンパス)から徒歩約20分の所に与えられました。ご祈祷感謝。 ホームスティではなく、自室はありますがトイレ・風呂・台所・リビングは共用とのこと。日本人男女2名づつ、英語人男性、スコットランド人男性、ドイツ 人女性の計8人住まいです。 大学では信仰者としてのマット君に好意を持つ方が何人もおられるようで、彼らの救いを願っています。学業と同時に小伝道者としてのマット君のことを続 けてお祈りに覚えてください。 ************************************************************************ ****************** 本の紹介 ************************************************************************ ****************** 津田塾大のホームカミングデー(10月第一日曜日)の午後、日本国憲法の草案作成に関わったベアテ・シロタ・ゴードン氏の講演があった。彼女の執筆し た人権条項のほとんどは却下されたが、第24条「家族生活における個人の尊厳と両性の平等」として生かされた。 ベアテと語る「女性の幸福」と憲法(晶文社 2006年4月出版) に日本国憲法との関わりと現状を危惧する熱い思いが記されている。ぜひ、ご一読を。
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あとがき
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以上
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